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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10622号 判決 1987年1月27日

原告

後藤幸代

原告

後藤秀之

原告

後藤康之

右法定代理人親権者母

後藤幸代

右三名訴訟代理人弁護士

池田桂一

被告

鈴木一

右訴訟代理人弁護士

渡邊興安

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松多昭三

右訴訟代理人弁護士

田中登

主文

一  被告東京海上火災保険株式会社は、原告後藤幸代に対し六五九万四一三〇円、原告後藤秀之及び同後藤康之に対しそれぞれ三〇九万七〇六五円並びにうち原告後藤幸代について五九九万四一三〇円、原告後藤秀之及び同後藤康之についてそれぞれ二七九万七〇六五円に対する昭和五八年九月二一日から、うち原告後藤幸代について六〇万円、原告後藤秀之及び同後藤康之についてそれぞれ三〇万円に対する昭和五九年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告東京海上火災保険株式会社に対するその余の請求及び被告鈴木一に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告東京海上火災保険株式会社との間に生じたものはこれを三分し、その一を原告らの、その余を同被告の各負担とし、原告らと被告鈴木一との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告鈴木一(以下「被告鈴木」という。)は、原告後藤幸代(以下「原告幸代」という。)に対し一四八〇万円、原告後藤秀之(以下「原告秀之」という。)及び同後藤康之(以下「原告康之」という。)に対しそれぞれ七〇〇万円並びに右各金員に対する昭和五九年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告幸代に対し八一四万円及びうち六六四万円に対する昭和五八年九月二一日から、うち一五〇万円に対する昭和五九年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告秀之及び同康之に対しそれぞれ四〇七万円並びにうち各三三二万円に対する昭和五八年九月二一日から、うち各七五万円に対する昭和五九年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一二月五日午後四時三〇分ころ

(二) 場所 千葉県勝浦市部原二二二九番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(千葉五七ら二〇一八号)

右運転者 被告鈴木

(四) 被害車両 普通乗用自動車(千葉五八の八二九号)

右運転者 訴外亡後藤哲雄(以下「亡哲雄」という。)

(五) 事故態様 亡哲雄は、被害車両を運転して、国道一二八号線を勝浦方面から大原方面へ走行中、反対車線から加害車両が突然飛び込んできて、正面衝突した。(右事故を、以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告鈴木

被告鈴木は、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法という。)第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社

被告会社は、加害車両の保有者である被告鈴木との間において、加害車両につき、自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結しているから、自賠法第一六条第一項の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  亡哲雄の受傷、治療経過及び死亡

(一) 亡哲雄は、本件事故により前頭部挫創、口腔挫創、上腹部挫傷兼内臓損傷、脾臓破裂及び肝障害の傷害を受けた。

(二) 亡哲雄は、右受傷により、昭和五七年一二月五日から昭和五八年一月三一日まで五八日間塩田病院に、同日から同年二月二三日まで二四日間日本医科大学付属病院に、同年九月九日から同月二〇日まで一二日間成田赤十字病院に入院した。

(三) 亡哲雄は、昭和五八年九月二〇日午後一時四五分、致死性不整脈により、入院先の成田赤十字病院において死亡した。

4  本件事故と亡哲雄の死亡との因果関係

亡哲雄の直接死因は、致死性不整脈であるが、これは、本件事故によつて脾臓が破裂し、右脾臓を摘出せざるを得ない状態に至つたため、摘脾によつて著明なる血小板増多を生じ、そのため以後の経過を悪化させ、一過性の虚血発作を誘発したことによつて生じたものである。

よつて、本件事故と亡哲雄の死亡との間には相当因果関係がある。

5  損害

(一) 治療費 六五万一四〇二円

亡哲雄は、本件事故による入院治療の治療費として、六五万一四〇二円を要した。

(二) 入院雑費 九万四〇〇〇円

亡哲雄は、前記九四日間の入院中、一日あたり一〇〇〇円の雑費を支出した。

(三) 付添看護費 三二万九〇〇〇円

亡哲雄は、前記九四日間の入院中、一日あたり三五〇〇円の付添看護費を要した。

(四) 逸失利益 五一二八万四一二七円

亡哲雄は、昭和一一年三月一一日生まれの男子であり、本件事故当時株式会社オ・エス毛皮に勤務して年額五八七万八九一五円の収入を得ていたから、本件事故で死亡しなければ、二〇年間稼働可能であり、その間右年収と同額の収入を得られたはずであるから、右収入額を基礎に、生活費として三割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、亡哲雄の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は五一二八万四一二七円となる。

5,878,915×0.7×12.462=51,284,127

(五) 慰藉料 二〇〇〇万円

亡哲雄の本件事故による死亡慰藉料としては、二〇〇〇万円が相当である。

(六) 葬儀費用 八〇万円

原告幸代は、亡哲雄の葬儀を行い、その費用として八〇万円を支出した。

(七) 相続

原告幸代は亡哲雄の妻であり、原告秀之及び同康之は亡哲雄の子であつて、亡哲雄の死亡により、前記(一)ないし(五)の損害賠償請求権を法定相続分に従い、原告幸代二分の一、原告秀之及び同康之各四分の一の割合でそれぞれ相続取得した。

(八) 損害のてん補 七五八万〇八五〇円

原告らは、本件事故に基づく損害に対するてん補として、被告会社から、自賠責保険金傷害分八六万〇八五〇円、後遺障害分六七二万円の各支払を受け、これらを法定相続分の割合で原告らの前記損害に充当した。

(九) 弁護士費用 三〇〇万円

原告らは、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬として三〇〇万円を原告幸代二分の一、原告秀之及び同康之各四分の一の割合で支払う旨約した。

6  よつて、原告らは被告鈴木に対し、本件事故による損害賠償の一部請求として、前記損害額のうち自賠責保険の死亡保険金の残額一三二八万円を超える部分である原告幸代において一四八〇万円、原告秀之及び同康之において各七〇〇万円並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、本件事故に基づく亡哲雄の死亡による損害賠償として、前記損害額のうち自賠責保険の死亡保険金の残額一三二八万円に弁護士費用を加算した金額の範囲内である原告幸代において八一四万円、原告秀之及び同康之において各四〇七万円並びにうち弁護士費用を除く原告幸代について六六四万円、原告秀之及び同康之について各三三二万円に対する昭和五八年九月二一日から、うち弁護士費用である原告幸代について一五〇万円、原告秀之及び同康之について各七五万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告鈴木)

1 請求原因1の事実は全部認める。

2(一) 同3の(一)の事実は不知。

(二) 同3の(二)の事実のうち、亡哲雄が塩田病院、日本医科大学付属病院及び成田赤十字病院に入院したことは認め、その余は不知。

(三) 同3の(三)の事実のうち、亡哲雄が昭和五八年九月二〇日午後一時四五分、成田赤十字病院において死亡したことは認め、その余は不知。

3 同4は否認する。

4 同5の(八)のうち、原告らが被告会社から主張のとおりの自賠責保険金の支払を受けたことは認め、同5のその余は不知ないし争う。

5 同6の主張は争う。

(被告会社)

1 請求原因の1の(一)ないし(四)の事実及び(五)のうち亡哲雄が被害車両を運転して、国道一二八号線を勝浦方面から大原方面へ走行中、加害車両と正面衝突したことは認める。

2 同2の(二)のうち、被告会社が被告鈴木との間において、加害車両につき、本件自賠責保険契約を締結していることは認める。

3(一) 同3の(一)のうち、亡哲雄は、本件事故により前頭部挫創、口腔挫創、上腹部挫傷の傷害を受けたことは認め、本件事故により肝傷害の傷害を受けたことは否認し、その余は不知。

(二) 同3の(二)のうち、亡哲雄が昭和五七年一二月五日から昭和五八年一月三一日まで五八日間塩田病院に、同日から同年二月二三日まで二四日間日本医科大学付属病院に、同年九月九日から同月二〇日まで一二日間成田赤十字病院に入院したことは認める。

しかし、右日本医科大学付属病院における治療の殆ど及び成田赤十字病院における治療の全ては、外傷に関係がない。

(三) 同3の(三)の事実は認める。

4 同4は否認ないし争う。

亡哲雄が死亡したのは、慢性骨髄性白血病が原因であり、右慢性骨髄性白血病によつて全身性の低酸素状態をもたらし、その長期化が既に肥大していた心臓の機能に一層の負担をかけ、同時に心臓機能の病的劣化ないし老化を生み、死亡に至る心臓発作を招いたものであり、血小板の増多による一過性の虚血発作を起こしたものではない。また、血小板の異常増加は、慢性骨髄性白血病による症状でもあり、脾臓摘出のため生じたものとは限らないし、仮に右脾臓により生じたものとしても、右摘脾は慢性骨髄性白血病により脾臓が肥大していたため破裂したことによるやむをえざる処置であり、根本的原因は亡哲雄の右既往症によるものであるから、仮に何らかの因果関係が認められるとしても、その割合は三〇パーセント以下とみるのが相当である。

5 同5の(八)のうち、原告らが主張のとおり自賠責保険金の支払を受けたことは認め、同5のその余は不知ないし争う。

なお、仮に、本件事故と亡哲雄の死亡との間に因果関係が認められるとしても、亡哲雄は、慢性骨髄性白血病に罹患していたため、その余命は三年位と考えられるから、逸失利益の算定にあたつては、就労可能年数を二ないし三年に限定すべきである。

また、自賠責保険の本件事故当時における死亡保険金限度額は二〇〇〇万円であつたから、本件においてはこれから既払金六七二万円を控除した残額一三二八万円を超える請求は失当というべきであり、弁護士費用といえども異なるところはない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(事故の発生)の(一)ないし(四)の事実及び(五)のうち亡哲雄が被害車両を運転して、国道一二八号線を勝浦方面から大原方面へ走行中、加害車両と正面衝突したことは、いずれの当事者間においても争いがなく、<証拠>によれば、反対車線から加害車両が突然飛び込んできて被害車両と正面衝突したこと(右事実は原告らと被告鈴木間では争いがない。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二そこで、被告らの責任について判断する。

1  被告鈴木の責任

前記争いのない事実に、<証拠>によれば、被告鈴木は、加害車両を自己のために運行の用に供していた者であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告鈴木には、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告会社の責任

被告会社が被告鈴木との間において、加害車両につき、本件自賠責保険契約を締結していることは、原告らと被告会社間で争いがなく、<証拠>によれば、被告鈴木は加害車両の保有者であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告会社には、自賠法第一六条第一項の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三次に、本件事故による亡哲雄の受傷と死亡に至る経過について判断する。

1  亡哲雄が本件事故により前頭部挫創、口腔挫創、上腹部挫傷の傷害を受けたことは、いずれの当事者間においても争いがなく、<証拠>によれば、亡哲雄は前記傷害の他内臓損傷(脾臓破裂)の傷害を受けたこと(右事実は原告らと被告鈴木間では争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  亡哲雄が塩田病院、日本医科大学付属病院及び成田赤十字病院に入院したことはいずれの当事者間にも争いがない。

右争いのない事実並びに<証拠>によれば、亡哲雄は、前記受傷により昭和五七年一二月五日から昭和五八年一月三一日まで五八日間塩田病院に、同日から同年二月二三日まで二四日間日本医科大学付属病院に、同年九月九日から同月二〇日まで一二日間成田赤十字病院に入院したこと(右事実は原告らと被告会社間では争いがない。)及び日本医科大学付属病院へは本件事故による後遺症の経過観察(肝機能不全及び血小板増多症等)のため入院したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  亡哲雄が昭和五八年九月二〇日午後一時四五分、成田赤十字病院において死亡したことはいずれの当事者間においても争いがなく、<証拠>によれば、亡哲雄は致死性不整脈により死亡したこと(右事実は原告らと被告会社間では争いがない。)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四そこで、本件事故と亡哲雄の死亡との因果関係について判断する。

1  前記認定の事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  亡哲雄は、塩田病院における開腹手術によつて確認されたところでは、本件事故当時既に慢性骨髄性白血病に罹患して脾臓が巨大化し(健康な成人男性の脾臓は普通五〇グラム程度であるところ、亡哲雄の脾臓重量は本件事故二日後の脾臓摘出時において一一五〇グラムであつた)破裂しやすい状態であつたところ、本件事故による上腹部挫傷によつて、脾臓全面二箇所、脾門部にかけて破裂したため、昭和五七年一二月七日、前記塩田病院において右脾臓を摘出した。

亡哲雄は、右脾臓摘出と慢性骨髄性白血病が相俟つて、摘脾の二〇日経過後それまで五〇ないし七〇万であつた血小板数が急増し、その数が三〇〇万前後になり、そのまま、翌昭和五八年一月三一日に日本医科大学付属病院に転院し、血小板機能抑制剤等の投与を受け、症状が安定したため、同年二月二三日退院し、同病院に定期検査のため通院していたが、右退院後は内服薬は中止していた。

(二)  亡哲雄は、昭和五八年九月九日午前七時ころ自宅で意識喪失発作を起こしたため、同日成田赤十字病院において救急診療を受け入院した。同日の検査によれば、白血球数は四万で血小板数は一三〇万程度であつた。この段階で右意識障害は一過性虚血発作すなわち脳の血管が閉塞し脳の血流が途絶されたことによるものと診断された。そして、血小板数が非常に多いため、血栓症をおこす可能性があり、血栓症をおこせば血管が閉塞し一過性虚血発作を起こす原因となることから、血栓症予防のため血小板機能抑制薬であるペルサンチン三〇〇ミリグラムの投与を受けた。

(三)  一般に、慢性骨髄性白血病に対する慢性期の治療としては、白血球数を二万ないし三万に維持するよう薬剤投与を行うものであるところ、亡哲雄のその後の白血球数は二万台に減少し、死亡前日までそのままの状態が継続していたため、成田赤十字病院における主治医であつた安徳純医師も亡哲雄の白血病に対する化学療法等の治療を行わなかつた。

これに対し、血小板数は同病院入院直後よりさらに増えて、亡哲雄の死亡前日の昭和五八年九月一九日には一六五万に達していた。

(四)  そして、亡哲雄は、昭和五八年九月二〇日午前八時一〇分ころ再び発作をおこして意識を喪失し、心室細動をおこして同日午後一時四五分に死亡した。

ところで、心室細動とは、心臓の壁がけいれん状態になり血液を送ることができなくなる状態をいい、これが死につながるものを総称して致死性不整脈というが、亡哲雄が致死性不整脈をおこした原因については、亡哲雄に著明な血小板増多があることから心臓に虚血性障害を与え、これが不整脈をおこしたとみる可能性もある。

2  以上の認定事実を総合勘案すると、亡哲雄は、本件事故によつて脾臓が破裂し、脾臓摘出手術を行つたため、これを一因として血小板数が異常増加し、これにより血流が阻害されて一過性の虚血発作をおこし、心臓にも虚血性障害を与えたため、致死性不整脈をおこして死亡するにいたつたものと推認するのが相当である。

なお、亡哲雄の死体の病理解剖を担当した千葉大学医学部助教授岩崎勇が解剖結果を記載した書面である乙第一四号証の記載及び証人岩崎勇の証言中には、岩崎勇助教授は、慢性骨髄性白血病による全身性の低酸素状態が亡哲雄の直接の死因と考えられる旨判断していることが認められるが、右証拠によれば、右岩崎は、心臓に原因する循環不全も亡哲雄の死因として考えられるとしているうえ、右判断は解剖のみの所見であるとともに、右解剖は血小板増多に起因して生じた血栓が溶解して消失した後に行われた可能性もあるのみならず、<証拠>によれば、主治医の安医師は右解剖に立会つたうえ死亡に至るまでの経過をも勘案して血小板増多による血流の障害が亡哲雄の直接の死因である致死性不整脈の原因と考えられる旨判断していることが認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)等の事情を総合すると、右乙第一四号証及び証人岩崎勇の証言をもつて前記の推認を左右するに足りるものとは認め難く、その他前記推認を覆すに足りる証拠はない。

右のとおり、亡哲雄は本件事故により脾臓が破裂したため、摘脾手術を受け、摘脾により亡哲雄が既に罹患していた慢性骨髄性白血病と相俟つて血小板が異常増加したため、これにより直接の死因となつた致死性不整脈を惹起したものと認められるから、亡哲雄の死亡と本件事故による受傷との間には、相当因果関係があるものというべきである。

五進んで、損害について判断する。

1  治療費 六五万一四〇二円

<証拠>によれば、亡哲雄は、本件事故による入院治療の治療費として、塩田病院において二五万七八五〇円、日本医科大学付属病院において二万四七〇二円、成田赤十字病院において三六万八八五〇円をそれぞれ要したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  入院雑費 七万四四〇〇円

亡哲雄が塩田病院、日本医科大学付属病院及び成田赤十字病院に合計九三日間それぞれ入院して治療を受けたことは前示のとおりであり、右の事実によれば、亡哲雄は入院中一日あたり八〇〇円を下らない金額の雑費を支出したものと推認することができ、右推認に反する証拠はない。

3  付添看護費

亡哲雄の前記入院期間中付添看護費を要したと認めるに足りる証拠はない。

4  逸失利益 一七八一万六五二二円

<証拠>によれば、亡哲雄は、昭和一一年三月一一日生まれの男子であり、死亡当時満四七歳であり、本件事故当時株式会社オ・エス毛皮に勤務して年額五八七万八九一五円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

他方、<証拠>によれば、亡哲雄には、本件事故前、慢性骨髄性白血病の明らかな自覚症状はなかつたが、慢性骨髄性白血病とは、主病変が骨髄における顆粒球系の異常増殖で、かつ染色体に一定の異常を伴い、慢性に経過する腫瘍疾患であつて、一般に発病が緩徐で自覚症状に乏しく、その発病時期の推定は困難であるものの、最近ではこの患者の生存期間は自覚症状が発現してから平均して三ないし五年と推定されており、近年秀れた化学療法剤の臨床応用が盛んになるにつれて若干生命の延長をみていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実を総合すれば、亡哲雄は、本件事故で死亡しなければ、以後、少なくとも五年間稼働可能であり、その間前記年収と同額の収入を得られたものと推認することができる(右推認を左右するに足りる証拠はない。)から、右額を基礎に生活費として三割を控除したうえ、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡哲雄の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一七八一万六五二二円(一円未満切捨)となる。

5,878,915×(1−0.3)×4.3294=17,816,522

5  慰藉料 一八〇〇万円

前示の事故態様、亡哲雄の年齢、その他本件において認められる諸般の事情を考慮すると、亡哲雄の本件事故による死亡慰藉料としては、一八〇〇万円をもつて相当と認める。

6  葬儀費用 八〇万円

<証拠>によれば、原告幸代は、亡哲雄の葬儀を行い、その費用として八〇万円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

7  ところで、亡哲雄の右脾臓破裂は、事故当時亡哲雄が既に罹患していた慢性骨髄性白血病によつて脾臓が肥大して破裂し易い状態であつたことも一因をなし、また、脾臓摘出後に血小板が異常増加したのも、慢性骨髄性白血病が相重なつたことによるものであることは前示のとおりであるから、亡哲雄の死亡は、本件事故による受傷及び同人が既に罹患していた慢性骨髄性白血病が競合して生じたものと認めるのが相当である。したがつて、右死亡による損害のすべてを被告らに負担させることは損害を公平に分担させるという損害賠償法の根本理念からみて適当でないというべく、公平の観念に基づき民法第七二二条所定の過失相殺の法理を類推適用して、被告らの負担すべき損害賠償額を減額するのが相当であると解されるところ、前記認定の諸般の事情を総合勘案すれば、亡哲雄の死亡による損害については、その五割を減額するのが相当である。

8  相続

<証拠>によれば、原告幸代は亡哲雄の妻であり、原告秀之及び同康之は亡哲雄の子であつて、原告らは、前記1、2の損害全部及び4、5の損害から五割を減額した残額(合計一七九〇万八二六一円)を亡哲雄の死亡により法定相続分に従い、原告幸代二分の一、原告秀之及び同康之各四分の一の割合でそれぞれ相続取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがつて、亡哲雄の本件事故に基づく傷害による損害につき、原告幸代は三六万二九〇一円、原告秀之及び同康之はそれぞれ一八万一四五〇円(一円未満切捨)の、亡哲雄の死亡による損害につき、原告幸代は八九五万四一三〇円(一円未満切捨)、原告秀之及び同康之はそれぞれ四四七万七〇六五円(一円未満切捨)の各損害賠償請求権を相続によつて取得したこととなる。

9  損害のてん補 七五八万〇八五〇円

原告らは、本件事故に基づく損害に対するてん補として、被告会社から自賠責保険金傷害分八六万〇八五〇円、後遺障害分六七二万円の各支払を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは、右自賠責保険金を法定相続分の割合で原告らの前記損害に充当したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、原告らの死亡分についての残損害額は、原告幸代五九九万四一三〇円(葬儀費用四〇万円を含む。)、原告秀之及び同康之は各二七九万七〇六五円となるが、原告らの傷害分の損傷は、右の傷害分の自賠責保険金によつてすべててん補されたものといわざるを得ない。

10  弁護士費用 一二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、難易、審理の経過及び前示認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては合計一二〇万円(原告幸代は六〇万円、原告秀之及び同康之はそれぞれ三〇万円)をもつて相当と認める。

六結論

以上によれば、原告らの損害額の合計は、自賠責保険の死亡保険金の残額である一三二八万円の範囲内であるから、原告らが被告鈴木に対し、自賠責保険金を超える損害の支払を求める本訴請求部分は、失当として棄却を免れないものというべきである。

また、原告らの被告会社に対する本訴請求部分は、本件事故に基づく損害賠償として、原告幸代において六五九万四一三〇円、原告秀之及び同康之においてそれぞれ三〇九万七〇六五円並びにうち弁護士費用を除く原告幸代について五九九万四一三〇円、原告秀之及び同康之についてそれぞれ二七九万七〇六五円に対する本件事故発生の日ののちである昭和五八年九月二一日から、うち弁護士費用である原告幸代について六〇万円、原告秀之及び同康之についてそれぞれ三〇万円に対する本件事故の発生の日ののちである昭和五九年九月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官小林和明 裁判官比佐和枝)

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